Fondant Puur




「一日中これで遊んでろ。他のことは一切禁止」
そう言って手渡されたものを受け取るとき、多少訝しげな顔をしてしまったのはいなめない。
クラピカは念の師である男の顔と、その手にあるものとを交互に見比べた。
「早く受け取れ。これがいいって言ったのは、おまえだろうが」
「朝からどこへ出かけたのかと思えば、これを買いに行っていたのか?」
じゃらりと音を立てて、それは師から弟子の手へ渡る。
鈍く光る、銀色の鎖。
2メートル前後のそれは、一般的な使い方はあまり思いつかない。
これを購入する際、師匠がどんな目で見られたのかを想像すると、思わず頬が緩む。
悟られないように慌てて質問を浴びせた。
「遊ぶといっても、これで何をすればいい?修行は?」
「今日からはイメージ修行だ。もちろん基礎トレーニングは続けるが、とにかく俺がいいって言うまで
そいつをいじくりまわしてろ」
言われて、クラピカは目の高さまで鎖を持ち上げる。真新しい鎖のひとつひとつに、困惑した表情が映る。
輪の向こうから師匠が言った。
「これからは、それがおまえの武器になる」

 

 

 
修行に関しては的確な指示を与え、厳しくそれを守らせる師である事はわかっていたが、まさか本気で
一日中鎖を渡され放って置かれるとは思わなかった。
今までが時間を惜しんで過酷な修行に明け暮れた日々であっただけに、体を動かしていないと落ち着か
なくなっているクラピカにとって、この状況は苦痛以外の何物でもない。
 

「師匠」
狭い山小屋の中、首をめぐらせて師匠の姿を捕える。
彼は食事の準備のため、クラピカに背を向け立っていた。
「手合わせ願いたい。いい加減体がなまってしまう」
「トレーニングはちゃんとこなしてるから大丈夫だ。いいから鎖いじってろ」
振り返りもしないで言い放つ。
あまつさえ、味見をしながら自分の料理の味付けを自賛し始める。クラピカと比較して。
そんな態度に、クラピカはおもむろに立ち上がり無言のまま、いまだ振り向きもしない師匠の背後に立った。
 
じゃらり
 
「・・・何してる」
「鎖をいじっている」
半眼で言い切ると、クラピカは師匠の首に巻いた鎖を、きりきりと締め上げた。
 

 

 

 

机に向かう師匠の横に猫のように陣取り、クラピカは所在無さ気に鎖の音を立てた。
日がな一日鎖と向き合う。
僅かな光にも反射するそれは、ひどく無機質なものに見える。
「これからは、これが私の武器」師匠の言葉を思い返す。
愛用していた両剣は、もう使うことは無いだろう。
ハンター試験を共に乗り越えた愛用の品だったが、未練は無い。
(・・・ハンター試験)
思考が散漫としてくる。
傍に居る男の息遣いを感じながら、思いは過去に飛んだ。
(トリックタワー、ゼビル島・・・)
あれから半年と経っていないのに、もう随分昔のことのように思える。
(不思議な奴だったな、ゴン・・・。今は、キルアと一緒だろうか)
ヨークシンで会おうと約束した、彼らは今どこで何をしているのか。
(あの男は・・・)
 
ギリ・・・
 
突然の耳慣れない音に、驚いたのは師匠だった。
振り返ると、クラピカが鎖に歯を当てていた。
「・・・味はどうだ?」
「うるさい」
感傷に浸りそうになって、自制のため鎖を噛んだ。
生理的な嫌悪感を覚える歯ごたえに、クラピカは不機嫌に眉を寄せる。
そんな弟子の様子に、師匠はからかうような溜息をつく。
「だいぶ煮詰まってんな」
「やけになっているわけではない。大丈夫だ」
そっけなく言うと、今度は鎖をちろと舐める。
 
これから頼れるのは己の力のみ。
具現化系という系統は自分に最も合っているかもしれないと初めて思う。
自分の力が形となって現れる。
目に見えて存在することで、ほんの少し安堵できそうだから。


鎖は冷たく、鉄臭い味がした。
「クラピカ」
名を呼ばれ、師を仰ぐ。
「緋の眼になってる」
言われて、目頭が熱くなっていることに気づく。
師匠は椅子ごと反転しクラピカに向直ると、かがみ込みそっと指で瞼に触れる。
 
ほんのりと、暖かい感触。
鎖とは違う。当たり前なのに。
 
こういった温もりを、自分はまた捨てるのだ。そう思うと、熱いものが込み上げてきて、喉に詰まる。
無くしてばかりだ。奪われて、それからは捨ててきた。
頬を撫ぜてくれる師匠の大きな手に触れる。もう片方の手はしっかりと鎖を握ったまま。
 
捨てられなかったものがひとつだけ。その為だけに生きているから。
 
「鎖はやめるか?まだ間に合うぞ」
優しい師の言葉に、しかしクラピカは首を横に振る。
「大丈夫だ。それに・・・」
「?」
うつむくクラピカの顔を覗きこむと、いたずらっぽい琥珀色の瞳と目が合った。
「貴様が苦労して買ってきた鎖を、無駄にするのは忍びないからな」
「な・・・」
師匠はたまらず言葉に詰まる。
「大変だったのではないか?おかしな目で見られただろう」
「うるせぇ。ったく、おまえみたいな弟子を持つ俺の気持ちにもなってみろってんだ、たまには」
照れ隠しにクラピカの髪を乱暴にかき回すと、立ち上がる。
「来い。久々に相手になってやる」
その言葉に、クラピカも嬉々として立ち上がった。今だけは、鎖を手放して。
「今日は厳しいからな。手加減無しだ」
「望むところだっ」
 
 
 

 

 ちゃり

 

 
誰もいなくなった部屋で、鎖が寂しげに音を立てた。




 

 

 

End



タイトルは確かチョコの甘さの表示だった…気がする。 レオクラなのか師クラなのか。
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